8回表
先頭の塩見に対し、浩臣はツーシームを投じるとあからさまに当たり屋を発動させて来る
ユニフォームに掠ったとアピールして、それが認められての出塁
浩臣は思わず苦笑していて、当たってねえだろと竜也を呼んで愚痴っている
ゲッツー取って行こう。俺のとこ打たせてと竜也が声をかけて守備位置に戻り、浩臣は小さく頷いている
“スイッチヒッター”という話のはずの鈴木だが、なぜか右打席に入っている
そして構えはバント。あれだけ恫喝罵声を浴びせて来るくせに、采配は堅実そのもの
今度は浩臣が慎重にそれを捌き、1死2塁で坂本を迎える
ここまで2三振に切って捨ててるとはいえ、相手は屈指の強打者
浩臣はベンチを確認すると、“好きにしていい”という指示が出ていたので今度は千原を呼ぶ
どうした?と声をかける千原に対し、浩臣は敬遠するわと伝えたので千原は驚いた表情
強気で鳴らす浩臣らしからぬ判断に戸惑っていると、浩臣はニヤリと笑っている
「竜がずっと歩かされてるからな。それの仕返しだよ」
それを聞いた千原は、ハハと笑うと大きく頷いた。逃げてるんじゃないならそれでいいわと続けて定位置に戻りつつ、審判に敬遠ですと伝えている
申告敬遠で坂本を歩かせて塁を詰め、1死1,2塁
外野はバックホームに備えて浅めの守備位置を取り、内野はそれぞれ併殺狙いの中間守備
今日の浩臣なら、まず事故はないだろうと竜也は感じていたので指示通りの定位置へ
“4番”セザルは今日ここまで当たりなし。
初球の真っすぐでファウルを打たせ、次のスライダーを当てただけのセンターフライ
ランナーはそれぞれ動けないそれで、2アウトと声をかけつつ竜也は安理から受け取ったボールを手渡す
「次、三振取るからな。んで裏にうちが点を取ってそれで甲子園だぞ」
浩臣はニヤリと笑って三振予告をしてみせる
韓国のエロゲ王具聖燁に対し、浩臣は真っ向勝負でストレート3球続けてオール空振りの三振に切って捨てる
また浩臣は雄叫びを上げつつ、竜也とグローブでタッチを交わす
「もういいだろ。こんなだっせえ試合、いい加減終わらせようぜ」
浩臣はベンチに戻ると同時、そう檄を飛ばす
普段クールを装っている浩臣のそれに、ベンチは一瞬戸惑ったがすぐに行くぞ!という雰囲気が一気に盛り上がる
8回裏
先頭の浩臣は打席に向かう前、「ファーストピッチ、フルスイング、ザッツイット!」と祐里に向かって宣言している
祐里はその意味が分からずポカーンとしていたが、初球を浩臣がジャストミートでのセンター前ヒットで有言実行
「言った通りか。やるな」
渡島が思わず感心したそれだったが、祐里はやはり意味が分かっていない様子
続く和屋が珍しく渡島のバント指示に応えしっかり送っての1死2塁
浩臣に続けとばかり、万田も初球を強振するがどん詰まりのセカンドフライで2死2塁
竜也は自分に回ってくると信じての瞑想モードから、静かにネクストへ向かっている
一方今大会当たりが完全に止まっている安理は泣きそうな顔で打席へ向かっている
ベンチからは自分を信じろ! やればできる!と安理を後押しする声援が飛んでいる
それで安理は表情を引き締め直し、ネクストの竜也を見て一人頷いている
絶対に繋ぐぞ、とそういう思いを体全体から漲らせて
またも初球だった
内角に来たストレート、安理は抜群のテクニックで体全体をうまく利用した“避ける振り”
審判がデッドボールと1塁を指差すと、安理はネクストの竜也のほうを見て小さくガッツポーズをしてみせる
回って来ました。勝ち越しのチャンス
“世界が終わる前に 聞かせておくれよ 満開の花が 似合いのCatastrophe 誰もが望みながら 永遠を信じない”
恒星ベンチはたまらず守備のタイムを取り、5打席目の曲が流れているのを聞きつつ竜也は目を閉じている
ふぅと大きく息を吐き、天を見上げるいつものやつ
ヘルメットを被り直し、バッティンググローブも嵌め直す
2塁塁上から浩臣が打てよ!と声をかけているが、竜也はそれに一切反応を示さず自分の世界に入っている
ベンチからもたくさん声が飛んでいるが、祐里はもう見ていられない様子で目をとじて両手を組んで祈っているだけ
恒星のタイムが終わり、選手はそれぞれ位置に散っている
竜也は直感していた。ここは絶対勝負してくるだろう、と
今まで通り『敬遠』なら、わざわざタイムを取らないだろうという考え、そして
相手ベンチの波瑠監督が、いつも以上に檄を飛ばしているのがはっきりと聞き取れた
「逃げてるんじゃねえ。いい加減戦え!」
いや、あんたの指示だったんじゃないの? と竜也は内心苦笑しつつ、山口と相対している
何度も対戦してるから特徴は熟知している。確かにストレートは速いし、フォークもいい
ただし...セットになると、ストレートの威力が落ちる!
初球は高めのスライダーが決まり、竜也はそれを悠然と見送っている
相手守備位置を改めて見てみると、1、2塁間が妙に開いている
そしてライトがだいぶ前に出てきているのに気付き、いつぞやの試合のことが頭に過った
2年前の決勝戦
会心の弾丸ライナーを放つも、2塁ランナーがホームで封殺された場面
あの時、俺はどうするのが正解だった?
そう、その答えはもちろん...
『逆方向に打つべきだった。どん詰まりでいいからレフトに』
2球目、山口が投じたインコースのストレートだった
竜也は強引にそれをレフト方向へ詰まらせながら運んだ
打球はサードの大嶺の頭を超え、レフトの鈴木の前に大きく弾んでいる
浩臣は難なくホームを駆け抜け、安理は2塁で自重
そして竜也は、見たことのない派手なガッツポーズを繰り返している
普段はクールを装い右拳を掲げるだけの竜也が、見せる感情の爆発に西陵ベンチは大いに沸いている
浩臣はベンチに戻り汗を拭いつつ「竜のあんな姿初めて見たぞ」と思わず呟くと、祐里は涙目のまま何度も頷いている
「あいつね、ホントは誰よりも感情の起伏激しいからさ。溜め込んでたのが全部出たんだと思うよ」
2年前の決勝戦から引きずっていたアレ、そしてここまで4打席連続実質敬遠の鬱憤などなど。全ての思いが今ここでのガッツポーズに繋がっていた
「あと1イニング、伊藤くんお願いね」
祐里にそう言われ、浩臣も静かに頷いた。俺に任せとけと言わんばかりに、塁上の竜也に向かって右拳を突き出してみせる
歓声が鳴り止まないまま打席に向かった京介はしっかりほあを選んで満塁のビッグチャンスを迎えたが、山口も意地をみせ続く岡田は三振で試合を決めるチャンスを潰してしまう
「あと3人。全部三振で終わらせるから」
殊勲打の竜也がベンチに戻って来ると同時、浩臣はグータッチを交わしつつそう言ってマウンドへ駆けて行く
各々とそれぞれグータッチを交わした後、竜也は祐里にバッティンググローブを手渡している
「避けちゃったわ。今まで打てたのはこれのおかげ...いや、祐里のおかげだ。ありがとな」
言って、ニヤリと笑うとグローブを持ってセカンドの守備位置へ駆けて行く
祐里はせっかく涙が収まっていたのに、また涙腺が決壊していた
それを渡島は静かに見守りつつ、まだ試合は終わってないぞと小声で窘めている
9回表
浩臣のボールはさらに勢いを増している
3者三振を予告しているだけに、まさに有言実行というところだろうか
先頭の大嶺にはカウント1-2から縦のスライダーで空振り三振
そして続く柿澤にも2-2と追い込んで、剛速球が外角いっぱいに決まったように見えた
浩臣は例によって雄たけびを上げようとしたが、球審の手は上がっていない
ストライクでしょ? と思わず浩臣が叫んでいるが判定が変わることはない
もちろん西陵側スタンドからは大ブーイングが巻き起こるが、球審は毅然とした態度を崩していないそれ
思わず浩臣は一度天を見上げて大きく息をついている
渾身の一球とも思える速球をボール判定され、動揺を隠せない様子
続くスライダーが大きく抜け柿澤を歩かせてしまうと、竜也はすかさず声をかけに行く
しかし浩臣はそれを拒むと、「竜のとこに打たせてゲッツー。それでいいだろ」
そう呟くとすぐ打者に向き直っているので、竜也としてもどうしようもない
下位打線。まして今日当たりが出ていない中村だけに、併殺はまあ行けるんじゃないかなとタカをくくっていた竜也だったが、運命“Destino.”は思わぬ方向へ舵を切り始める
中村は初球のスライダーを簡単に打ち上げていた
よし、2アウト、と誰もが確信していた
しかし、“魔物”は本格的に活動を開始してしまっている
センターの安理はドームのライトで打球を見失いかけ、辛うじて捕球態勢に入ったもののまさかのお手玉からの落球
1塁ランナー柿澤は3塁まで進み、2アウト1塁のはずがまさかの1死1、3塁へ
さすがにもう声をかけに行きづらかったので、竜也は伊藤くん頑張ってくれと内心願うだけ
再び浩臣は大きく息を吐いて空を見上げていて、千原から「ドンマイ」とかけられた声には左手のグローブを上げて応対していた
打撃にも定評がある山口がそのまま打席に向かっている
スクイズもあるかなと思いつつ、バッテリーもそう感じていたのか初球ウエストから入ってその気配はなし
なら力押しで行けると判断したのか、唸りを上げたストレートを2球続けて山口の当たりは平凡な浅いライトフライ
タッチアップすらない位置だったのに、何を焦ったのか万田はその打球を土手に当てて弾いている
記録はもちろんエラーで、3塁ランナーの柿澤は手を叩いて生還
ランナーは1、2塁に残り、まさかの同点劇に浩臣はまた天を見上げている
「まだ同点や。俺がサヨナラしてやるから」
千原がマウンドに来てそう励ますが、浩臣は既に上の空
生返事でわかってると返すだけだったので、千原は浩臣の尻を叩いて鼓舞し守備位置へ戻る
竜也もかける言葉が見つからず、何度も上を見上げているだけ
負の連鎖は止まらない
塩見の放った平凡なレフトフライを、今度は和屋がド派手に後逸している
記録はまたもエラー。安理が好フォローでフェンスまで行くのは阻止したが、中村は生還して逆転。ランナー2、3塁のピンチが続いている
さすがに伝令が出て、那間が渡島の指示を伝えている
「満塁策。坂本を打ち取れば流れはこっちに来る」
浩臣は小さく頷いたが、その顔にいつもの生気は感じられない
あっさりその場は解散となり、プレイ再開
鈴木を歩かせ、坂本への初球だった
スライダーがド真ん中に入り、左中間真っ二つの当たりとなった
坂本は悠々三塁へ到達し、走者一掃のタイムリースリーベースとなり恒星側はお祭り騒ぎ
一方あと1人寸前だった西陵スタンドはお通夜のように静まり返って、まさに対照的な両軍となっていた
マウンドで完全に孤立無援状態となった浩臣は、それでも気丈に次の打者と相対している
セザルも初球だった
甘く入ったストレートを強振すると、一二塁間真っ二つのライナーかと思われたそれ
竜也が横っ飛びでそれをキャッチすると、素早く起き上がって反動をつけたジャンピングスローで3塁へ送球
岡田がそれをキャッチすると、坂本は飛び出していたので戻れずダブルプレー完成
背中受け身の状態な竜也に対し、お通夜だった西陵スタンドから大歓声が一瞬上がったのだったが...
9回表終了
恒星6-2西陵